障害者に優しくしましょう
「副題」掲示板の意見も冷たいですね、障害者に不利になる投稿が殆どなのです。障害者?障害者の振りした嫌がさせかも、障害者に暖かい国を作りましょう。
●障害者を持つ親にもなんら負担のかからない社会にしたいのです。現在は障害者を持つ親は精神的にも経済的にも大変ですね。
●日本は障害者に冷たい 6の事例から、法律的にも日本は他国と比べ冷たいのです。
「こんな冷たい国はない」拉致家族の言葉です。
この言葉は、障害者にも、社会的弱者にも当てはまるのではないでしょうか。
●ドミニカ移民の地獄絵図、日本政府の非道、捨民政策ですね。06.6.8追加
●米国の次の例を見て下さい
http://www.mtamaryland.com/pwd/
◎障害者も年寄りもハンディがあるので手を差し伸べるのが当然と思っていたのですが。いや驚いた。電力に味方する電力族の嫌がらせも多いと思っていますが
▼「掲示板を見て下さい。理屈でなく、非難、誹謗が多いのは従来通りで覚悟していたのですが、今回の障害者対策については、非難、誹謗はかえって障害者の不利益になものばかりで
◎関係当局へ障害者に暖かい配慮の要望があってしかるべきなのにむしろ要望を非難するだけ、これには驚いているのです
▼基本的なことは、例えば視覚障害者がホームや階段で転落した場合の全責任は駅側です。見えないのだから細心の注意を払っても転落してしまうのです。設備やガイドなどの不備ですなわち駅側にあるのです。安全なホームにするとか、エレベータの完備、ガイドの充実、など、駅側の責任のはずです。
これらの設備が完備していないなら、人的ガイドを付けるべきです。視覚障害者が駅の方針に従わずにガイドを断れば乗車拒否すべきなのです。安全かどうかを決めるのは駅の責任です。
障害者はハンディを持つに過ぎないので、このハンディを埋めることが障害者対策の評価なのです。
▼こんな障害者には怒りを覚えます。ほんの一部の方と思いますが。障害者の振りしたやらせでしょうがね。
障害者も年寄りも、ハンディがあるので、気軽に、席を譲り、手を差し伸べるのが当然と思っていたのですが。いや驚いた。
街で合った初対面のボランティアに、救いを求めたときだけ手を差し伸べろと選り好み、それも驚きは、救いを求めているのは見れば分るだろうと。障害者の立場に立っていないと威張りまくる。お供のものに常時監視していろと言わんばかり。そんなに障害者は偉いのですか。
それも救いを求めていないとき手を差し伸べるのは不当な干渉で、障害者の立場に立とうとしていない証拠、だと誹謗する。それで謝れともいう。
年寄りが疲れたような顔をしてるときだけ席を譲れというのと同じです。
「親切は気持ちが良いものです」というと、気持ちが良いからやるのか、自分だけよければ良いのか、最低だ、横暴だ、謝れともいう。これボランティアに謝れと言っているのと同じなのです。
◎「ボランティア」は他人のためでなく、自分がやりたいからやっているのです。他人のためなら、金を取らなくても「サービス」なので「ボランティア」ではないのです。「貴方の為にやるのだ」と口に出したら当然ですが、考えがあっても「ボランティア」ではないのです。「ボランティア」は「サービス」よりもっと崇高なのです。
世の中困っているのを知りながら、知らん顔している人が多いのに、救いを求めたときだけ手を差し伸べろと、障害者は偉いのですね。ほんの一部でしょうが。04.3.4追加
▼日本の障害者基本法は
障害者は「あらゆる分野の活動に参加する機会が与えられる」これでは「恩恵的にえられることで」、◎障害者の社会参加を「権利として保障する」とはなっていない。これが問題なのです。
障害者政策研究全国実行委員会内「障害者差別禁止法」作業チーム
http://members.at.infoseek.co.jp/dpi_advocacy/f_r_c1.htm
二○○○年十月、ワシントンDCで障害に関する法制と政策をテーマとした注目すべき国際会議が開催された。同会議の報告によると、何よりも驚かされたのは、障害者に対する差別を禁止する法律を制定している国がすでに四○カ国以上に及んでいるということである。
●弁護士による障害者の労働相談 働く障害者の弁護団
http://www5a.biglobe.ne.jp/~roudou/kinrou/4.html
わが国における障害者雇用法制並びに行政施策の限界と障害者差別禁止法制定の必要性
1.わが国は世界で最も遅れた国の一つとなりつつある。
(1)1990年にADA(障害をもつアメリカ人法)が成立したときには、ADAの衝撃と言われたほどきわめて画期的な障害者立法であったが、現在では障害者の差別禁止に関する法律をもつ国はすでに40ヵ国を超えている。ーーーーー
何方か保管して頂いた掲示板です。御覧下さい。04.3.2
だがどうしたことか新しい投稿がないですね。お願いします。04.3.17
批判、誹謗が多く、それがかえって障害者の不利益になるような投稿がほとんどです。障害者の利益になる投稿なら良いのですが、呆れています。
▼http://www.geocities.jp/hattarilog/
このURLは著作権法違反です。管理者が開いた掲示板を無断で広報しているのです。特に掲示板なら管理者ならどの投稿でも消すことができ、また誰でも自分のなら訂正も消すこともできるのです。ところがこのURLでは記事の訂正も消すこともできないのです。人権侵害にも当たると思うのです。
警告します。
ただ内容は管理者は視覚障害者に優しく、他の方は冷たいですね。
▼障害者対策の意見の場です。御参加をお願いします。次へ
●次の件は掲示板で大きな非難、誹謗を浴びているのです。おかしいですね。
◎「親切は気持が良い」 これに避難ごうごう
「親切は気持が良い」と投稿すると、「自分が気持ちが良いとか、やりたいからやるとかでは自分だけ良ければの最低な男」と非難。これには驚き。皆さんどう思いますか。(これにはなんら返信無し)ボランティアは本来これですよね。
視覚障害者を誘導するとき、「誘導してやる」「誘導させてもらう」どちらを選ぶのですか?皆さんは前者ですか?私は後者です。
「障害者は誘導してもらってありがとう」「誘導した方は誘導させてもらってありがとう」この気持ちで、別れるときは、双方とも「ありがとう」こんな関係が望みたいのです。誘導するのも、自分がやりたいから、障害者にお願いするという立場です。だから障害者は、相手が勝手に誘導したいのだから、遠慮する必要は全くないことを強調しているのです。
これがボランテアの精神と理解しているのです。
「ありがとう。気にしないで」でなく双方とも「ありがとう。ありがとう」これですよ。以上追加04.2.27
「情けは人の為ならず」という言葉すら知らないのでしょうね。
「人生の最高の贅沢は、人の役に立って、喜んでもらうことですよ」堀田力さんの言葉です(さわやか福祉財団理事長、ロッキード事件時に東京特捜部検事として活躍)毎日 04年2月28日プラタ
●それに次の投稿から誹謗が多くなったような気もするのです。これに付和雷同ですか。
◎視覚障害者には点字ブロックだけでは不十分なのです。ホームからの転落のみではなく、階段からからの転落(特に日本ではエレベーターが極めて不足)工事現場や側溝に転落する事故も多いようです。だから余計なお世話と言ってこのままで良いはずはないのです。それに慣れていない駅などではガイドなくして電車に乗ることは困難でしょう。成田空港には誘導ブロックが巡らされているが、ガイドなしで搭乗は困難と思うのです。
だから積極的なガイドが必要と思うのです。しかし視覚障害者は他人に煩わしさをかけたくないと遠慮しがちになるのは明らかなのです。
この点を視覚障害者にも理解して頂いて、全ての人に取って事故のない快適な環境を作るべきと思うのです。人通りの多い場所での誘導ブロックはこの環境を阻害している面もあると思うのです。
◎基本的なことは、例えば視覚障害者がホームや階段で転落した場合の責任は「転落した視覚障害者の責任ではなく、設備の不備が原因」この考え方が基本なのです。
これにも責任はゼロでも100%でもない。白と黒だけではないとの非難は、哲学がないのですね。責任は100%駅側にあるのです。04.2.27
04.2.2