原発安全の基本がなっていない、これでは原発は危険

「副題」経営トップの無知、原発運転員に同情

原発の運転が停止すると一々新聞に載る。すなわち原発の停止は安全でなく危険と言う間違った感覚が、国民にも、官僚にも、マスコミにも、特に電力のトップにもあることは呆れます。 

早めにブレーキは安全の鉄則なのに、すなわち安全のために停止するのに、特に運転員は停止はできれば避けようと最大限努力しているのに、停止すると経営トップは嫌な顔、それで記者会見で謝る。これでは運転員は無理する、これでは原発の安全確保は出来ないのです。

電力のトップは「原発停止は安全のためだ、いちいち文句を言うな」と言うくらいの認識が必要なのです。

▼「浜岡原発1号機の原子炉圧力容器底部から放射能含む水が漏れていた事故で「運転中から漏えいしていた可能性」があると。02.5..26朝日新聞」

「運転中から漏えいしていた」ことが事実なら大きな問題です。原発は安全ではなく危険と言わざるを得ません。

◎原発安全の基本は「機器損傷の疑いがあった場合には早めに運転停止」することです。

原発が止まると、停止の詳細な報告書(電力本社、エネ庁、マスコミにも報告するために)を早急に作らなければならず、だから原発が止まると現場は大忙しで、運転員は肩身の狭い思いをするのでしょう。

機器損傷の疑い程度では、停止できる雰囲気ではないのです。今回の「ドレンサンプ」の水量や温度の多少の変化程度では停止できる雰囲気ではなかったのではないでしょう。

特に原発の長期連続運転を自慢することは安全を無視していることに気がつかないのです。

原発停止は安全のために停止するのです。

だから停止にいちいち大騒ぎすることは原発の安全に逆効果です。原発の安全は「無理した運転をしなかったかに重点を置く」こと以外にないのです。

「お客から見た信頼性」と「安全から見た信頼性」は裏腹であることを認識すべきです。

電車や飛行機に例えれば運行時間の正確さは信頼性です。すなわち信頼性は安全を犠牲にしているのです。

原発の場合は、電車や飛行機と違い、停止しても即停電にはならないので、早めにブレーキにもっと重点を置くべきなのです。

停電もないのに停まることでいちいち報道することはないのです。02.5.26

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「原発は安全」の表現は変えましょう

原発は私企業のやることではない

危険との判断は少数が優先する、安全の認定は全員一致が原則

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