◎「自虐」とは
教科書問題や外交で「自虐的」だと批判があるが「自虐的」と「謙虚さ」とはどこが違うのでしょう。
「自虐的」という概念は「自分と同等以上の強者に対する概念」で「弱者に対する概念ではない」と思うのです。能力があるにもかかわらず「強い他人と比較して俺はダメ」という概念でしょう。
「謙虚さ」とは「誰に対しても公平な概念」と思うのです。
「負け犬」というのは、強者に対抗できず、反論も言えない。ストライキも打てない。むしろ味方して尻尾を振ることでしょう。これを言えかえれば、「自虐的」と言うのではないでしょうか。
米国には平こら、上役には平こら、官僚には平こら、政治家には平こら、盆暮れの贈りもの然り、泣き寝入りも然り。すなわち強者には平こら。これを「自虐的」と言うのです。強者に対しての奴隷的根性が「自虐的」なです。この日本人の性格を正すべきことが肝要と思うのです。
それなのに、中国や韓国に対してまで負け犬になるまいと、つまらない教科諸問題を提起している。中国や韓国は日本より上なのか。『新しい歴史教科書をつくる会』はむしろ典型的「自虐的」なのです。小泉総理の靖国参拝も同じです。国益にも大きなマイナスです。皮を切って骨を切らせる外交ですね。どちらも日本は大国との概念を忘れ去っているのです。
それに他人が認めないのに先祖の自慢話は世間の笑いものでしょう。他国の理解を少しも得られないのに事実と掲げてもむしろ軽蔑されるだけです。負け犬の遠吠え日本の恥さらしです。
日本では加害者の人権を認めても被害者家族の人権を認めないと言う意見も多いのです。これと同じですね。威張ることより、先祖の自慢より、控えめの人、むしろ非を認めること、自分に厳しいこと、は何ら自虐的ではなく、勇気ある行動で、全ての人から尊敬されるのです。
そもそも歴史は全てに不確実で、証拠としての文献も正しいとは限らず、歴史は想像の域を出ないのです。したがって論争しても解決しないばかりか双方に軋轢が増すばかりです。
●特に「自虐的」と言うならアメリカに対して言うべきです。多くの都市の爆撃、原爆投下までされたのです。特に2発目の長崎の原爆は許せないのです。アメリカに賠償するよう申し出るべきと思うのです。
特に国民に対する戦争責任者は誰なのか。勝つ見込みのないのにひた隠しにして、多くの都市の爆撃、沖縄戦場、特攻隊、原爆投下まで戦争を続けたのです。それに特効を命じた責任者は誰なのか。この国民を馬鹿にした行為、悲劇的打撃を与えた責任は計り知れないほど重罪です。
これらの責任を不問にし放置して置くこと自体が国民の自虐性の典型的なのです。これらを明らかにすることを『新しい歴史教科書をつくる会』に望みたい。03.7.28
ベッカム旋風やブランド指向は日本人の自信のなさ、劣等感、自虐的な、性格の現れとも思うのです。03.8.5
小泉総理の靖国参拝は国益にマイナス 2発目の原爆投下の理屈は、
04.10.25