拝啓原子力“不安院”様
サンデー毎日2002、1013 佐高信の政経外科の表題
“事故隠しの変わらない体質「原子力安全.保安院への手紙」”の抜粋
あなた方はそもそも「不安」にまともに向き合ってきたのでしょうか。電力会社とともに、金でそれに蓋をしてきたのではないですか。電力会社と保安院のどちらが主犯か従犯か知りませんが、共犯の関係にあることはまちがいありませんね。今度のように何とか隠して秘密裡に処理しようとする体質は今に始まったことではないですね。
高木仁三郎さんの「市民科学者として生きる」岩波新書によると、1973年関西電力、美浜1号炉の大規模燃料棒折損事故のことが書かれている。雑誌「展望」筑摩書房に「原子力戦争」を連載していた田原総一郎さんのもとに届いた内部告発の手紙によって高木さんはそれを知ったのですが、高木さんによれば、「折損した部分から燃料ペレットが原子炉容器内に飛散し、ごく少数の人だけでペレットを回収し、また損傷燃料棒を取り出した、というようなひどい事故の状況と事故隠しの実態が伝わってきた」ということです。その告発の信ぴょう性を訪ねる田原さんに対し、高木さんはいろいろと勉強して、事故が起こっていたことの傍証的ものを確かめ、確信を持って、そう説明した。
ところがこのレポートに載った「原子力戦争」を基に当時の社会党の代議士だった石野久男さんが国会で追求すると、通産省(現経産省)は、調査中、と言って逃げ、関西電力は「そんな事実はない」として、徹底的に事故隠しを図ったということです。しかし、76年暮れの選挙で不利を伝えられていた石野氏が再選されると、通産省も自らこの事故の存在を認める発表をしました。電気事業法の報告義務違反は3年を過ぎ関西電力は何の法的処罰を受けないというものでした。
こうした高木さんの指摘に学ぶどころか、原子力業界(当然、お役所も入ります)は、業界紙の編集長を通じて、高木さんを3億円(現在だったら100億円くらい)で、買収、しようとしたとか。金については、アントニオ猪木の秘書が、電力会社の団体が猪木に1億円を提示して、青森県知事選で原発推進の応援をさせた、と告発しています。
あなた方は30年経っても、全く変わらないのですね。02.10.12