後悔しないほどの親孝行はできません。第3の反省
「副題」親孝行は自分のためです。ぜひ親孝行を、必ず後悔します。親孝行にはやり過ぎはないのです。
「親孝行したい時には親は無し」このことが時々思い出されるのです。年取るとああしてやれぼ良かったのにとかと思い出すのです。
親類縁者からすれば私は極めて親孝行と思われていると思います。母親が私の女房を誉めていたよと耳打ちする親戚が殆どでした。
末っ子で遺産も貰わないのに母親を引き取った。母親が私の家に来たのに帰ろうとしなかったし、兄は向かえにも来なかった。従来は2〜3ヵ月で母親は帰りたいと申し出て帰ったのですが、聞くと待遇が良くなく、母親一人での食事などなどとのこと。
4カ年が過ぎた時、兄夫婦が向かえに来た。母は95才で弱ったことと、私の家で亡くなるのは体裁が悪いからだろうと思ったりもした。
しかし母親にとっては寂しかったと思います。母親は、遺産を私にくれようとしたが、思うに任せず私も要求しなかった。だから母親は不服も言えず肩身が狭かったと思います。私も、女房には肩身が狭かったが女房は良くやってくれたと感謝しています。女房は何大学は嫌いという。私も兄も旧制国立の同じ大卒だから何時も言われていたのです。高学歴は親不幸とも言われた。
しかしあのときああすればよかった、という反省があるのです。どんなに親孝行しても、形だけではありません。金でもありません。心での親孝行です。兄はもっと反省しているのでしょうね。兄はすでに亡くなりましたが、兄は私や親に対するストレスもあったのでしょう。
◎皆さんに心の篭った親孝行をお願いします。自分のためですよ。後悔しないように。親孝行したいときには親は居ず。これは事実です。どんなに親孝行しても過ぎることはありません。
(兄も私も母親に育てられたのです。私が5才のとき父が亡くなったのです。父の告別式には多数の人がいたので、はしゃいでいた記憶があるのです。姉と3人姉兄弟)
3人姉兄弟で仲良く親孝行ができなかったことを悔いています。皆さん是非、親孝行して下さい。
どんなに親孝行しても後悔するはず、親孝行のやり過ぎはないのです。
「後悔しないほどの親孝行はなし」02.6.30
04.10.25
197-06.2.27