アスベストの対策、官僚の怠慢

報道ステーション06/1/11より

「S52年(1977年)労働省労働基準局へ埼玉労働基準局長
情報の送付について」

この文書はアスベスト被害を食い止めるための警告だった。この文書の内容は

埼玉のアスベスト工場の被害報告書で労働者死亡者4名肺がん、周辺住民死亡11人の原因肺がん、との報告

▼埼玉.行田労働基準監督署元所長井上浩さん(81才)

工場の作業内容に違反がないか調べる立場、ひどいものだった、ほこりでいっぱい、1976年12月に調査

曙ブレーキ工業羽生製造所を

1999年まで白石綿を使用。

1977年1月調査工場周辺800m

1977年10月アスベスト公害発生の危険性を旧労働省に届けた。

国会でも共産党が取り上げていた。浦井洋さん(78)77年11月の国会で衆院社会労働委員会で曙ブレーキ.アスベスト問題を追求

だが対策は取られなかった。